ニューヨーク・ブラックカルチャーfromハーレム

ニューヨーク・ブラックカルチャーfromハーレム

New York Black Culture Trivia
New York Black Culture Trivia 2003.12.13
堂本かおる の 『from ハーレム』 (No.64)

「ハーレム・お散歩ブギウギ」




    ここのところ休んでいた「ハーレム・ウォーキング・ツアー」を再開した。 「ハーレムに行ってみたい」「でも、パッケージ・ツアーじゃ物足りない」 「こわい、こわいって言われているけど、実際、どうなの?」という人が申し 込んでくれる。ほとんどは日本からニューヨーク観光に来た人たちだけれど、 中にはニューヨークに留学や仕事で長期滞在している人、アメリカの他州に 住んでいて、ニューヨークに遊びに来たという人もいる。

    そういった、良い意味での好奇心満々な人たちと、ハーレムを3時間みっちりと 歩く。真夏の暑さも、冬の寒さも、それぞれがニューヨークの魅力だから、 天候なんか気にせず、どんどん歩く。いろんな店に入って店員とおしゃべりし、 通行人が声を掛けてきたらそれに応え、にぎやかな商店街、歴史ある高級住宅地 (ハーレムにもあるのだ、これが)から、いわゆるゲットーまで、とにかく ハーレム中をうろつく。

    今日はツアー再開の初日だったので『H&Mアート・ギャラリー・オブ・ ハーレム』のオーナーと店員が「おぉー、久しぶりだね、元気だったかい?」 と歓迎してくれた。ふたりとも「モハメッド」という名前なので、右を向いて 「モハメッド、久しぶりね」、左を向いて「あなたは元気だった? モハメッ ド」と、ややこしい挨拶を返す。

    この店は黒人絵画の専門店だ。ブラック・イエス、ブラック・マリアを描いた 宗教画、マルコムXやキング牧師、ジャズ・ミュージシャンやバスケ選手、 黒人カウボーイ(西部開拓時代に実在した)を描いた作品が、店内の壁を ぎっしりと埋めている。なかなか壮観だ。

    オーナーのモハメッドは、「最近、日本のガイドブックを持った日本人客が 時々来るんだ」「君もお客を連れて来るし」「そうだ、日本人客には特別割引 をしよう!」「うーん、20%オフだ!」と、ひとり盛り上がり始めた。「じゃあ、 クーポン券でも作る?」と訊くと、「いや、日本人なら誰でもディスカウント だ!」と大胆発言。陽気にツアー客と握手するオーナー・モハメッドの背後で、 普段から物静かな店員モハメッドは、「やれやれ」といった顔で立っていた。

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    ハーレムには西アフリカ諸国からの移民も多く、ハーレムで成功している人たち もいる。アフリカ産の生地屋『ジェマ・インポ−ツ』のオーナー、モクターも そのひとりだ。いつもダシキ(*)を着て、なんだか、おっとり呑気そうに見える けれど、実はなかなかのビジネスマンで、今ではブルックリンに2号店も構えて いる。

    このモクターが、最近出版された『Spirit of Harlem』という写真集に登場して いる。この本は、ハーレム在住のアーティスト、スポーツ選手、地元に根差した 活動をしている人たちなど数十人を撮影し、本人のコメントを併記したもの。

    ここでモクターが語っていることが、なんともシブい。今、手元にないので、 ちょっとうろ覚えなのだけれど、その要旨は以下。 「一年に一度、故郷に帰る。 故郷の人たちは、『モクター、君がいなくて寂しかったよ』『なぜ、もっと ひんぱんに帰ってこないの?』と言う。僕も故郷は恋しい。けれど僕は今ハー レムに住んでいる。僕はもうハーレムに属しているんだ」。

    故国を出てアメリカという異国に永住を決めた人間の潔さと寂しさが滲み出た、 なんともいえず含蓄のある言葉だ。普段は淡々と商売にいそしんでいるモクター だけれど、心の中にはやはり複雑な思いが潜んでいるだろう。

    *ダシキ=アフリカ風の派手な柄のシャツ。アメリカでも70年代に流行り、 スティービー・ワンダーなどが着ていた

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    にぎやかな125丁目を過ぎたら、大学の構内を通り抜ける。歴史ある壮麗な建物 と鮮やかなグリーンの芝生の落ち着いた佇まいに、多くの人が「これがハーレム とは思えない」と驚く。

    まるで映画にでも出てきそうなキャンパスを歩いていると(テレビドラマのロケ には、よく使われている)、ハーレムの中にある大学であるにもかかわらず、 黒人の、特に男子学生が少ないように思える。実際、アフリカン・アメリカン の男子は、女子に比べると大学進学率が極端に低い。

    それにはさまざまな理由がある。黒人地区にある公立小学校の基礎教育のレベル の低さ。黒人ティーンエイジャーが抱えてしまう「勉強なんかしたって、どう せ…」的なあきらめ。加えて、ギャングやドラッグディーラーからの“リクル ート”。最初は簡単な使い走りから始まるらしいけれど、とりあえず現金を目 の前に差し出されるので、ドロップアウトへの大きな誘惑となる。

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    ハーレムにも高所得者の暮らす閑静な住宅エリアがある。美しく整備された 住宅が並び、停まっている車はBMWやレクサス。職業もウォール街の証券会社 勤務や医者、黒人雑誌の編集者やジャズ・プロモーターなど。

    一度、ここの住人である女性と、なにかの修理に来たらしい男性が、女性の家 の玄関口で口論を始めたことがある。すると、たちまち隣家から上品な年配の 女性が出てきて、「ふたりとも、まぁまぁ…」と仲裁し、それを眺めていた 私たちに向かって、「あのね、ここは普段はとても静かなところなの。さっき みたいなことは滅多に起こらないのよ」と、なんとも残念そうに、説明とも、 言い訳ともつかないことを言った。

    ハーレムの平均所得は白人エリアに比べるとやはり低く、だからこそ、ここは ゲットーと呼ばれる。けれど住人の中には、ハーレムを出て白人の多い高級 住宅エリアに住めるだけの所得がありながら、あえてハーレムに留まっている 人たちがいる。ハーレム独自の歴史と文化を誇り、愛している人たちだ。その 代わり、彼らは自分たちが暮らしているハーレムの中の高所得者エリアを、 常に良いコンディションに保っておこうと努力する。

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    ハーレムの中に一ヶ所、見事なグラフィティーが描かれている場所がある。 かつては学校だった古い建物の外壁だ。毎年秋にそこでイベントが行われ、 グラフィティーもそのたびに描き直されるので、今あるものもスプレー塗料の 匂いがしそうなほどフレッシュだ。

    観光客は、ここで必ず写真を撮る。今日も男性ふたりが撮影をしていると、 年配の女性が「私は写さないでよ」と笑いながら、グラフィティーの前を横切 った。「大丈夫ですよ」と声を掛けると、女性は「ここはまた高校になるのよ」 と教えてくれた。ハーレムでは地元の情報は、大抵こんなふうに人の口から 伝わる。

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    ハーレムでもっとも荒れた地区を歩いていると、ツアー客のひとりがつぶやい た。「あ…、便器がゴミ箱に入ってる…」。見ると、公園前に置かれている 大きな金網製のゴミ入れに白い便器が入っていた。普通なら粗大ゴミの日に 出すべきモノだけれど、“ドゥ・イット・ユアセルフ”で便器を取り替えた 後、粗大ゴミの日まで手元に置いておきたくなかったのだろう。ハーレムの 人は節約のために、大抵のことは自分でしてしまう。便器を公道に捨てるなど 褒められたことではないけれど、捨てた人間は、少なくとも道端に放置する ことはせず、せめてもの罪滅ぼしにゴミ入れに入れたのだろう。

    このハーレム随一のゲットー地区も、最近になって遂に再開発が始まった。 立ち並ぶ廃墟を改装し、新たな住人を募るのだ。廃墟は、風景として眺めれ ば特有の美しさがあり、特に写真を撮る人にとっては格好の被写体になる。 けれど、住人にとっては百害あって一理なし。無くなるに越したことはない。

    このゲットーには、ドラッグディーラーが多い、上記の便器の件も含めて 公衆衛生が行き届いていないといった数々の問題はあるものの、低所得では あっても真面目な人々が多く暮らしており、特有の親密な近所付き合いが ある。それが無くなるのは、それはそれで寂しいことのようにも思える。

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    ツアーを始めてから3年が経つ。本業が忙しくなるたびに休むので断続的 ではあるものの、同じルートを繰り返し歩くことにより、ハーレムという 街の変化をつぶさに見てきたことになる。これからも再開発はどんどんと 進められていく。この先、ハーレムは一体どう変わっていくのだろう。

    ●ハーレム・ウォーキング・ツアー
           http://www.harlemjp.com/

    H & M アート・ギャラリー・オブ・ハーレム
    H & M Art Gallery of Harlem
    5 W. 125th St. (bet. 5th & Lenox Ave.)
    TEL:(212)831-9176
    ※「日本人だ」と言えば、本当に20%オフになります。本当です。

    ジェマ・インポーツ Djema Imports
    70 W. 125th St. (bet. 5th & Lenox Ave.)
    TEL:(212)289-3842

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    ◆New York Black Culture Trivia 堂本かおる(フリーライター)
    HP: http://www.nybct.com

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書・木村怜由

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