ニューヨーク・ブラックカルチャーfromハーレム

ニューヨーク・ブラックカルチャーfromハーレム

New York Black Culture Trivia
New York Black Culture Trivia 2005..
堂本かおる の 『from ハーレム』 (No.75)

「ハーレムを小説で読む」

    今回はハーレムを舞台にした小説をご紹介。

    ※日本語訳は未出版の作品につき、ストーリーの詳細を書きます。
     原書は右記で購入可能 http://www.amazon.com

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         A Landload's Tale/Gammy L. Singer
         大家の物語/ギャミー・L・シンガー
    http://www.gammysinger.com/

    1970年代のハーレムを舞台にした、ユーモラスで人情味たっぷりのミステリー。 のんびり呑気なハーレムの街や住人の描写のためか、ミステリーというよりハー レムご近所物語といった感じだ。実在するジャズバーなどがたくさん登場する のも楽しい。

    主人公のエイモスは30代後半の独身男性。気のいい人間だが、ギャンブル好き。 これまでは違法のナンバーズ賭博を仕切り、その稼ぎでギャンブルを楽しみ、 かつ、そこそこ贅沢に暮らしてきた。

    ところがついに運が尽きたとみえ、大物ドラッグディーラー相手のポーカーで 大負けし、借金を抱えてしまう。借金取りから逃げ回る暮らしを始めた瞬間に、 運良く(もしくは運悪く)、ロクに会ったこともなかった父親が亡くなり、 ハーレムに建つブラウンストーン(*)のアパートを相続することとなった。

    ※ブラウンストーン:茶色い石で建てられたタウンハウス。ハーレムでは1900年 前後に中上流の白人のために建てられたが、その後にハーレムは黒人街となった。

    一文無しとなっていたエイモスはアパートに移り住み、大家というカタギの仕事 に生まれて初めて挑戦する。アパートの住人は一癖も二癖もある連中で、家賃 の取り立てやアパートの修理に四苦八苦の毎日が始まる。

    そんなある日、地下室の壁の中から白骨死体が見つかる。以後、エイモスは死体 の身元割り出しに励み、その一方で借金の精算のためにイヤイヤながら大掛かり な麻薬取引もする。同時に父親の遺品に目を通しながら父の人間像を模索し、 自らの生立ちの謎にも迫っていく。もちろん、美人のナース、キャシーとのロマ ンスにも精を出す。こんな風に多忙な日々の合間に、アパートの住人たちもトラ ブルを持ち込み続けるから、大家とは大変な仕事だ。

    興味深いのは、トリニダッド系の住人が何人も登場することだ。トリニダッド はカリブ海にある島国で、今でもニューヨークに暮らすカリブ海系(正確には スペイン語圏を除くカリブ海周辺の諸国出身者。ウエスト・インディアンと 呼ばれる。)の中では、ジャマイカ系、ハイチ系に次ぐ人口。もっとも、その 多くはブルックリンに住んでいる。ニューヨークには黒人コミュティがたくさん あり、大枠ではハーレムはアフリカン・アメリカンの街、ブルックリンはカリ ビアンの街となっている。けれどハーレムにも昔からウエスト・インディアン は暮らしていた。

    ※トリニダード&トバゴ基礎知識
     http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/trinidad/

    この小説にはトリニダッドから移民としてやってきて、何年もハーレムに住ん でいる不気味な老人が登場する。この老人は、ある理由から主人公エイモスに ヴードゥーの呪いをかける。ヴードゥーといえばハイチの信仰として知られて おり、周辺の諸島ではそれぞれ似た信仰が別の名前で呼ばれている。(そうか、 トリニでもヴードゥーと呼ぶのか。私もひとつ学びました。)

    この小説、人気作家ウォルター・モズリーが1950年代のロサンジェルスの黒人 ゲットー、ワッツを舞台に書いた「イージー・ローリンズ」シリーズ(*)の ハーレム版とも言える。どちらも性根は優しいやさぐれ男が、成り行きで探偵 まがいのことをしてしまうのだ。けれどイージー・ローリンズの緊迫した ダークな雰囲気はここにはまったくなく、良くも悪くもハーレムのあっけら かんとした呑気さがあふれている。

    ※ウォルター・モズリー「イージー・ローリンズ」シリーズ
     早川書房より日本語訳が出されている
     デンゼル・ワシントン主演で映画化もされている
     http://www.nybct.com/4-01-career_women.html

    作中には「70年代はハーレムの最悪の時期だった」という記述がある。まさに 麻薬と暴力があふれる時代だったのだ。ギャングやドラッグディーラーだけ ではなく、一般人もなかなか前向きに生きることができなかった時代だ。 作中、エイモスはアパートの修理に関して「黒人コミュニティの経済を助ける ためにも黒人を雇いたいが、黒人経営の会社は仕事をちゃんとしない」と言い、 イタリア系の修理会社に依頼をしている。(ハーレムの中流層の住人がハー レムの会社に仕事を依頼しない、ハーレムの病院には行かないなどの傾向は、 実は今でも存在する。)

    けれどこの小説に登場するゲットーの住人たちは、それぞれが異なる魅力を持 っている。初対面のエイモスに悪態を付きつつ、臆面もなく小銭をせびる、通り すがりの「尻のデカい」中年女性。管理人のセルツァーは小柄な年配の男だが、 ブロンクスとハーレムのゲットーを生き抜いてきたストリート・スマート。 エイモスに対して最初はガードを張るが、いったん分かり合えると以後はエイ モスに忠誠を尽くす。ほかにも、いつもニコニコと機嫌よく、エイモスとアパ ート入り口の階段で酒を酌み交わすミス・エリーや、面倒見の良いゲイのウィ ルバー。

    なんだかんだ言いながらアパートの住人たちはそれなりに日々を楽しみながら 生きているが、唯一、ゲットーの運命に飲み込まれてしまうのが、十代のシン グルマザー、パティだ。パティの生んだ赤ん坊は鎌状赤血球貧血(黒人特有の 病気)だった。自身もまだ大人になり切れていないパティは一人で重病の子供を 育てるプレッシャーに耐え切れず、赤ん坊を捨ててドラッグに走ってしまう。

    ※鎌状赤血球貧血:
    http://mmh.banyu.co.jp/mmhe2j/sec14/ch172/ch172g.html

    ちなみに作者のギャミー・シンガー、本職は女優さん。クリス・ロックがアメ リカ大統領候補となり、どたばた選挙キャンペーンを繰り広げる映画「Head of State」の冒頭に、ネコのために取り乱して大騒ぎを起こすオバさんの役で 登場している。

    このギャミーさん、3月にハーレムの書店で開かれたサイン会でも、映画での 役柄に近い陽気なキャラクターで一般参加者とのQ&Aを行った。ところが、 朗らかな彼女がしんみり真顔になって言ったのが、このセリフ。  「私がこの小説を書けたのは、女優としての下積みが長かったからね」

    思うに、長年、売れない女優としてがんばってきた間に、人生に成功した人、 失敗した人、翻弄された人、再起をした人、ギブアップした人など、いろいろ な人間を見てきたのだろう。それがこの小説に登場するたくさんのユニークな、 そしてリアルなキャラクターたちの元ネタになっているに違いない。

    正直なところ、この作品、ミステリーとしてはプロットが甘過ぎる。けれど ハーレムの空気(環境は厳しく、何もかもがOKなわけではないけれど、それ でも心根の良い人間たちが、それなりに良いコミュニティを作って暮らして いる)を感じるには最適だろう。

    2005/04/10 New York Black Culture Trivia #373

    堂本かおる 
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    ニューヨーク・ブラックカルチャー・トリヴィア
    http://www.nybct.com
    ハーレム・ツアー
    http://www.harlemjp.com/
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